ライアーゲーム

A・Bともに仲間を信じて黙秘し通せば、二人とも短い懲役で出てこれる。もしかしたら証拠不十分で無罪の可能性もある。だが、先に自白すれば、そいつは確実に助かる。
そういう状況に追い込まれたら、大抵の人間は自白してしまうもの。だが、取調べ側が必ず約束を守って自白した者を釈放するとは限らず、A・Bともにべらべらしゃべって別件で挙げられて二人とも無期懲役という可能性もある。


直は、ライアーゲームの本質は、いかに上手く人を騙すかではない。他人を蹴落として自分だけ生き残りたいという欲求に耐え、どれだけ正直でいられるかを問われているのが、このゲームの本質だと主張する。

人間、正直に努力するだけでは、なかなか利益を得られず、故に誰かを蹴落としたり、騙してカモにしたりすることで上に上がっていくものだが、誰もが直のように考えるのなら、貧富の格差など発生せず、みながそれなりに不自由せずに生きて行ける。
理屈ではそう出来るはずなのが分かっていても、利己的な行動をとってしまうのが人間の性だろう。


一方、直を助ける天才詐欺師、秋山は、人を疑うということは、その人のことをより深く知ろうとする努力なのだと言う。
人を信じるということは、一見美しいことだが、よく見ると、「信じる」という行為によって、それ以上その人を知ろうとする努力を放棄し、思考停止してしまうことが少なくないと指摘する。

なるほど、それは確かに言えている。秋山がいう安直な信じる行為とは、極端に言えば、天動説を信じて疑わず、地球が太陽の周りを回っている事実を端からバカにして信じないってことだろうか。
ちょっと疑って見れば真実にすぐ気がつくのに、信じて思考停止してしまっているから、目の前にある事実にさっぱり気がつかない。確かにそういうケースはたくさんある。


テクニックとしての「疑う」にとどまらず、「信じる」という行為の中に、固定観念や先入観や怠け心、多数派であることに安寧した傲慢さによる思考停止がないかどうかを疑う。

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そういうレベルで疑うのなら、それは有益なことだと思う。